Imagination

ここからは、私の推察になります。

飛鳥時代は、太陽が地球の周りを公転していると考えられていました。(天動説)

最初は、酒船石は太陽との関連施設と思い、黄道十二宮(こうどうじゅうにきゅう)が浮かびました。黄道十二宮とは、天球上の太陽の行路(黄道)を12分割したもので、それらの宮にある星座を、太陽が一か月ごとに移動すると考えられていました。

しかし、太陽の後ろにある星座をどうやって観察するのか、理解できませんでした。

あるとき、明日香の地図を見ると面白い事実に気が付きました。

それは、岡寺から酒船石、飛鳥寺、そして水落遺跡が一つの線上にあるということです。

そして、一つの仮説を引き出しました。深夜12時に真上にある星座を観測することで、黄道十二宮の星座を特定するのではないかということです。

深夜12時になると、水落遺跡より鐘鼓(しょうこ)を打ち、時を知らせます。そもそも水落遺跡(水時計)は、深夜12時を知らせるために作られたのではないかと推測できます。

これにより、私は以下の推論を導き出しました。

酒船石は、中大兄皇子が中心となって建てられた帝の住まい「天宮(あまつのみや)」と言われていますが、実は読んで字のごとく、天体観察のための施設ではないかと考えます。

さらに、「天宮(あまつのみや)」にある「酒船石」という名前も、「天宮」にある「天石(あまついし)」と呼ぶ方が自然ではないのかと思われます。

また、両槻宮(ふたつきのみや)は、2本の槻(ケヤキ)のあいだに酒船石を置いて、天体観察、黄道十二宮による占いの儀式を行う場所であったと考えます。

酒船石は、石に刻んだ溝に水をためて、天頂の星を映していたのではないかと考えます。

現地調査をしていないので、実際のところはわかりません。

ただ、太陽と星が関係しているということは、言えるのではないでしょうか。

さらに、酒船石付近で発見された富本銭(ふほんせん)をイメージしてみました。


富本銭と太陽と北斗七星のイメージ

酒船石遺跡一帯は、太陽と北斗七星とコラボし合う、一大パノラマホールなのです。